教 師
高柳泉牧師
東京ソフィア長老教会主任牧師
神は愛のために人を造られた
聖書は「初めに、神が天と地を創造された」と始まります。
これは、世界が偶然に生まれたのではなく、神が目的をもって創造されたという宣言です。
その目的は、神が人間と愛の関係を築くためです。
また、マタイ22章でイエスが語られた「神を愛し、隣人を愛する」という戒めは、人間が創造された目的そのものを示しています。
人は神との愛の交わりのために造られ、同時に、互いに愛し合う存在として造られたのです。
これが愛の関係の始まりです。
愛を拒んだ人間の罪
しかし人間は、神を信頼せず、従わず、感謝せず、愛の関係を拒みました。
ローマ書1章には、神を知りながら神として敬わず、感謝しなかったために、心が暗くなり、思いが虚しくなったと書かれています。
こうした態度の根底にあるのが「高慢」です。
神を中心の座から引きずり降ろし、自らがその座に就こうとする心こそ、人間の罪の本質にほかなりません。
この高慢ゆえに神との愛の関係は断ち切られ、世界は痛みと争いに満たされることになったのです。
これが愛の関係の断絶です。
尾形大地牧師
東京ソフィア長老教会主任牧師
川谷真平 牧師
AM JAPAN代表
イエス・キリストが開かれた道
旧約聖書は「救い主が来られる」という約束の言葉で幕を閉じます。
この約束を成就するために遣わされたのが、イエス・キリストです。
ピリピ書2章には、イエスが神と等しい方でありながら、身を低くして人となり、十字架にまで従われたと書かれています。
これは、高慢によって関係を壊した人間に対し、イエスがへりくだりと犠牲の道を歩むことで、回復の道を用意されたということです。
十字架は失敗ではなく、人類の罪を背負い、神との関係を取り戻すための勝利の出来事でした。
こうして愛の関係の回復が実現しました。
涙も痛みもない世界
救いは、イエスを受け入れることで今この瞬間から始まります。しかし、その最終的な完成はまだ訪れていません。
神は、イエスを救い主として受け入れ、その道に従う人々を通して神の国を成し遂げられます。
新約聖書が結論として示すのは、「神の国が完成する」という希望です。
黙示録には、その完成した神の国が描かれています。
そこには、神の民が昼夜に神に仕え、神を賛美して生きる世界が示されています。
二度と飢えに苦しむことなく、渇きに悩まされることもない。神が私たちのあらゆる涙をぬぐい去ってくださる、完全なる愛の世界です。
このように、神との愛の関係が完全に回復され、永遠に続く世界が整えられること。
これが愛の関係の完成であり、神の国の完成です。
谷川健太郎牧師
天城センター 担任牧師
デボラ 牧師
ELIM JAPAN代表
聖霊:真理の御霊
本来、人間は神の「いのちの息」によって造られた霊的な存在でしたが、罪によってその霊を失い、肉にすぎない存在となってしまいました。
しかし、神は私たちを孤児のように見捨てておかず、約束通り「もうひとりの助け主」である聖霊を遣わし、すべての人に神の霊を注いでくださいました。
聖霊様は、天の御国に至るまで聖く変えられていく「聖化」の過程において、弱さの中にある私たちを助け、導いてくださいます。「聖霊を受けなさい」というイエス様の御言葉に従い、共に祈るひとときとなることを願います。
